地理とネットから考える日本の在り方

リモートワークなど、ある程度の物理的な要因を無視できる現状でも完全に地理を無視できるわけではないため、両方を視野に入れつつ考察するブログ

国公立の大学院は絞るべき

タイトルで釣っているので、大学院が無駄という主張をしていると誤解されそうです。

結論から記述すると、偏差値ではなく、旧帝大の配置の様に地理単位で見た時、その地域で最高位の大学のみに国公立の大学院を限定すべきという考えです。

一例として、関東平野など非常に広い土地の場合は筑波大、人口が多さから東大以外に東工大なども大学院を残しますが、山陰の拠点として島根大に鳥取大を吸収させ、鳥取の大学病院は通常の病院として残します。

 なぜ大学を在り方を問うのか

日本において多々見直すべきことはあるが、その中でも大学の在り方は特に重要視すべきです。結局のところ社会は人材の質、量で決定し、大学はその中でも質に関わる非常に重要な機関です。現代において一部大学を除き、運営側と学生側の双方にとっても無駄に時間とお金を消費する不要な大学が多々あり、天然資源ではなく人材で社会を構成する日本にとって非常に見直すべき箇所です。

大学は教育機関の側面と研究機関の側面がありますが、本題では基本的に教育機関としての大学について記述いたします。研究機関としては理化学研究所などもあるため、大学だけでは記述できません。

教育機関としての大学

今現在の地方の国立大の現状を知っている方達なら賛同すると思いますが、一部の大学、学生の質は低く、わざわざ大学院に通わせる必要性がない学生がほとんどです。なんとなくで大学院に居座り、対して研究者としての適正がないが研究を行い、お情けで修士を卒業することもあり、無駄に時間とお金を消費します。そんな嫌々修士過程に進むぐらいなら、遊んで消費したり、子供作ってくれた方が比べるまでもなく良いです。それに修士の方の多くが企業で研究職に就くわけでもないため、完全に人材への投資ではなく浪費です。理系職でも多くは研究者ではなく技術職であり、キャッチアップ能力が高いことや経験を積むことが重要です。

誤解されないために絶対に記述しなければならないこととして大学院を絞ることで余った公的資金は、残った大学院にそのまま還元することが前提です。むしろ増額するべきと考えています。あくまで下手に日本全国に分散させるのではなく、研究者適性の高い人材がなるべく一箇所に集うことで、物理的に交流がしやすい環境を作って質を向上させるべきという意見です。高度化した現代において、分野を極めるために他分野との関わりを無視することはできません。教育、研究のためにもある程度地理的に絞るべきです。(念の為記述すると、遠洋調査拠点の施設なども絞って廃止するわけではありません。)

その他に適正の高い人材が集まる環境を構築するためにも、企業が独自に社会人学生を推奨するのではなく、行政側から社会人学生を推奨する様になればなお良いと思います。

ついでに補足すべきこととして、会社の経営陣に自社での教育を顧みず、「大学は社会に通用する人材を教育しろ」と主張する方がいらっしゃいますが論外です。会社独自のルールがある中で新卒を入社直後から即戦力として期待することは愚かです。もし即戦力として期待するのであればせめて独自ルールをなくし、体型的に整理、問題の解消を行いましょう。その様な独自ルールは特定の事象を避けるためにできてしまったものが多いはずです。かつては解消できなかったことが多いでしょうが、今現在特にDX化によって解消されることも多く、その解消を行わずに若手になすりつけるのは論外です。大変でしょうが目を背けないでください。

大学院に限らず立地について

病院としても機能する医学部は基本的に立地が良いですが、その他学部は立地が悪いことが多々あります。土地が存在しなかったりするため仕方ない側面もありますが、郊外でも可能な限りアクセスの良い場所に設置すべきだと思います。通学に2、3時間もかけ、非常に価値ある若者の時間を無駄に消費するのは最悪です。生活費のためバイトをしたり、むしろその移動時間を遊びの時間に費やした方が良いです。どの様な形であれ、無駄に時間を消費すること、外の世界との接触が減ることは最悪です。

私立大学について

私立大学は自由にしてください。早慶など価値ある大学には補助金を出すべきでしょうが、俗にいうFラン大に税金を投入する価値はありません。価値あるなら生き残りますし、価値がないなら淘汰されるだけです。価値がないことにお金を投じることは投資ではなく、浪費です。ただ日本全体の大学進学率を上げるために価値のない大学までも認可して、金さえ積めば誰でも大学生になれる現状は論外です。見栄えだけ良くして何も良くなっていません。

pro-elder.hatenablog.com